wen 口コミで気分を変えよう!

例えば、上司にほめられたり、人から言われた自分の良さといったことがあったら、それをきちんと、ありかたく受け止めていく。 そうしていくことで、「自分はこの仕事をしていて大丈夫なんだ」「だから自分は次のステップへと行けるんだ」というふうに、自信につなげていくのです。

同様のことを作家の林真理子さんもなさっていたと、あるとき雑誌で知りました。 Hさんは、就職活動で40社落ち、ものすごく落ち込んだとき、「親にこういうふうにほめられた」とか、「小学生のときに作文をほめられた」といったことを、一つひとつ思い返しては、「大丈夫」と自分に言い聞かせていたそうです。
それを読んで私は、「あんなに立派な方だってそんな過去があって今がある。 自信というのはある日突然わいてくるものではないんだ」と思いました。
さまざまな経験を積んでいくことが、やがては自分の自信になっていく。 だからこそ、自分が今やっている行動の一つひとつをおろそかにしてはいけないのです。
「何かあったらすぐに人に頼もう」「逃げてしまおう」と考えてしまう人というのは、たとえ表面的に美しい人であったとしても、それは脆い美しさなのではないでしょうか。 けれども自分というものをわかっていて、「自信」をもちながら「責任」を果たせる人というのは、相手に媚びないし、やたらに甘えることがありません。
内面というものは目には見えないものですが、やがては外見にも表れて「自分」というものの集大成となっていくように思います。 若いうちはかわいい洋服を着てメイクをしていればOKでも、年齢を重ねると表面的なことではごまかせない「人となり」が出てきてしまうもの。
例えば、キレイなおばあさんがすごくやさしかったり、柔和な顔つきの中年男性が温厚な人だったり、ということはよくあるけれども、その反対ってあまりないと思いませんか。 このように内面と外見が連動する傾向は、女性のほうが強いのではないでしょうか。
そういった意味でも、私かオスカープロモーションに入るきっかけをつくってくれたKさんは本当に素敵な方だと思いますし、多くの女性が憧れているKさんも、とてもチャーミングな方だと思います。 また、最近はメイクアップアーティストのTさんにも注目しています。

顔筋マッサージで有名な方ですが、私が仕事でマッサージをしていただく機会があったとき、肌に触れられたときの田中さんの手の印象が、とても衝撃的だったのです。 それはやわらかくて、あたたかくて、ほかのどんな人の手とも違うもの。
実はそのときの私は、Tさんがどんなにすごい方なのかを知らなかったのです。 けれどもご本人の手が私の肌に触れただけで、Tさんのすばらしさを十分理解することができました。
60歳になられても本当にキレイで、凛としている。 それは人への接し方にも表れていて、誰に対しても態度を変えるということがないのです。
また、忙しいときには、そんな気持ちが態度に見え隠れしてしまうことがあるものですが、Tさんにはまったくそういうところがありません。 すばらしい実力をおもちなのにそれを誇示することもなく、自然体で、すごく真面目な方でした。
同じくメイクアップアーティストのYさんも、すごくチャーミングで素敵な方ですね。 Yさんは「本当のやさしさとは、他人に気づかれずにやること」を教えてくださった方です。
Yさんご自身は、そんな自分に気づいていらっしやらないかもしれません。 すべてが自然なYさんの魅力は、だからこそよりあたたかくて、輝いているのです。
そして年齢を重ねた美しさという点では、やはりUさん。 ご自分かキレイになるという努力を、本当に惜しまない方です。

Mさんを見ていると「女性は楽しく、美しく」が根本だと思うのですが、それを大変だとか努力しているというふうに感じさせないところが素晴らしい。 また、周囲の人はMさんよりも年下ばかりですが、誰に対しても変わらず、相手を尊重しているというところに、あたたかさを感じます。
そんな方たちの中には、「歳を重ねるほどに美しくなる」ヒントが潜んでいるように思うのです。 「ありがとう」の気持ち、ちゃんと形にできていますか?最近思うのは、「自分の言った言葉は自分に返ってくる」ということです。
「あれはよくないよね」と誰かを軽く非難したりするような言葉でさえも、自分に返ってくる。 それに気づいてからは、いい言葉しか口にしないようになりました。
だから弱気になったり、マイナス思考になってしまったときでも、私はそれを口には出しません。 言っているうちに自分かつまらない人間のように思えてきて、かえって深みにはまってしまうからです。
以前は気分が落ち込んだときや、くやしいことがあったときに、それを口に出していたこともありました。 けれども細かいことを具体的に話さなくても、家族はちゃんと「何かあったんだな」と受け止めてくれるんですね。
「わかってくれる人がいるなら、もういいじゃない」と思えるようになったというのもあると思います。 その代わりに、いい言葉はじゃんじゃん口に出すようにしています。
日常生活の中では、自分をほめることもありますし、「ラッキー」「ツイてる」という言葉をよく使いますね。 そして常に心がけているのが、「ありがとう」という言葉です。
人に何かしてもらったとき、自分がうれしく思う出来事があったときなど、意識してその言葉をロにするようにしているのです。 そうするとすべての物事が本当に「ありかたく」なって、感謝の気持ちで心が満たされます。

仕事やプライベートなどで自分を支えてくれている人たちのことを思うとき、誰もが感謝の気持ちをもつことがあるでしょう。 私の場合は時間ができたときなどに、手紙を書いたり、お礼状を書いたりして、感謝の気持ちを形にするように心がけています。
誰かに迷惑をかけたり、「ありかたい」と思える出来事があったとき、自分の中で感謝をするだけで終わらせるのではなく、相手にその気持ちを伝えていきたいと思うのです。 これは、歳を重ねるうちに身についた習慣です。
実は昔の私は、照れくささもあって、感謝の気持ちをあまり形にすることがありませんでした。 けれども会社員を経て現在に至る過程で、さまざまな壁にぶつかり、悩む中で、自分と接してくれる人たちに本当にありがたさを感じるようになったのです。
それは「こうすれば人が変わってくれるんじやないかな」と期待してやることではないのです。 そうしている自分が気持ちいいからこそ、やっていることなのです。
すると、相手からもふいにうれしいことを言ってもらえることがある。 そういうことを意識するようになった今、「本当に相手は自分の鏡なんだなあ」と感じます。
また、「はじめに言葉ありき」ではないですが、自分が思ったことは素直に口に出していかないと、やっぱり伝わらないですよね。 「あのときこう思ってたんだよ」とあとで言われても、相手は、「だったらそのとき言ってくれればよかったのに」と思うでしょう。
だから些細なことでも口に出して伝えていくということは、すごく大事だと思うのです。 そしてもう一つやっているのが、自分に関わっている人たちを具体的に紙に書き出すことです。